仕事に行きたくない朝は、誰にでもある
仕事に行きたくない。
そう思う朝は、たぶん誰にでもある。
眠い。
面倒くさい。
今日は会議がある。
苦手な作業が残っている。
なんとなく気が重い。
そういう日はある。
だからこそ、自分も最初はこう思っていた。
「仕事に行きたくないなんて、ただの甘えだ」
多少しんどくても、行くしかない。
逃げたらダメだ。
社会人なんだから、ちゃんとやらないといけない。
そう思っていた。
でも、今振り返ると分かる。
仕事に行きたくない気持ちには、種類がある。
ただ面倒な日もある。
踏ん張った方がいい日もある。
でも中には、
もう限界に近いサインとして出ている“行きたくなさ”もある。
そこを全部「甘え」で片付けるのは、かなり危ない。
自分も最初は「逃げようとしているだけだ」と思っていた
自分の場合、本当にまずい状態になったときは、朝起きた瞬間から違った。
目が覚めた瞬間に、上司の顔や声が頭に浮かぶ。
その瞬間、不安と恐怖に襲われる。
まだ会社に着いていない。
まだ何も起きていない。
なのに、もう怖い。
それ以前にも、仕事が大変だと思うことはあった。
「これ、自分じゃできないかもしれない」
「今日の仕事、きついな」
「また怒られるかもしれない」
そう思う日は何度もあった。
でも、そのときの「行きたくない」と、限界に近づいていたときの「行きたくない」は、明らかに次元が違った。
体が拒否している感じがあった。
頭の中が上司のことで埋まっていく感じがあった。
会社に向かう前から、すでに追い詰められていた。
それでも最初は、自分にこう言い聞かせていた。
「いや、これは逃げようとしているだけだ」
「ここで休んだら甘えだ」
「仕事を進めないと迷惑がかかる」
そうやって、無理に自分を動かしていた。
「甘えかも」と思う人ほど、無理をしやすい
仕事に行きたくないと感じたとき、真面目な人ほど自分を責めると思う。
「自分が弱いだけじゃないか」
「みんな我慢しているのに」
「休んだら迷惑がかかる」
「相談するのも逃げなんじゃないか」
自分もそうだった。
休むことには罪悪感があった。
正確に言うと、休むこと自体よりも、
「仕事を進められないこと」
「遅れてしまうこと」
「逃げたと思われること」
が怖かった。
上司へ相談することすら、逃げのように感じていた。
だから、しんどくても耐えようとした。
でも今思う。
「甘えかも」と思っている時点で、すでにかなり無理をしていることがある。
本当に甘えている人は、たぶんそこまで自分を責めない。
自分を責めながら、怖いのに会社へ向かおうとしているなら、
それは単なる甘えではなく、何かがおかしくなっているサインかもしれない。
成長につながる負荷と、壊れるだけの負荷は違う
ここは誤解されたくない。
自分は、少しでもしんどいなら全部逃げた方がいい、とは思っていない。
仕事では、無理をした方がいい場面もあると思う。
少し背伸びする。
怖いけど挑戦する。
自分にはまだ難しい仕事に向き合う。
強いプレッシャーの中で踏ん張る。
そういう経験で成長することは、確かにある。
自分も、それ自体は否定しない。
でも、成長につながる負荷と、壊れるだけの負荷は違う。
健全なプレッシャーには、まだ意味がある。
たとえば、
・自分の成長につながる
・周りのサポートがある
・失敗しても立て直せる
・人格否定ではなく、仕事への指摘である
・終わったあとに少しでも学びが残る
こういう負荷なら、苦しくても向き合う価値があるかもしれない。
でも、異常な負荷は違う。
・人格を否定される
・恐怖で動けなくなる
・相談しても逃げ場がない
・自分の存在そのものを責め始める
・耐えた先に成長ではなく、心身の不調しか残らない
これは、頑張れば成長する負荷ではない。
耐え続けても、その先にあるのは成長ではなく、戻れなくなるほど病んだ世界かもしれない。
パワハラや人格否定のような異常な環境に対して、
「自分が甘えているだけだ」と思い込むのは危ない。
それは甘えではなく、逃げるべきサインの可能性がある。
自分の場合、そもそも仕事をこなすだけで、自分で考える力が育っていなかったことも大きな原因でした。
その話はこちらで書いています。
仕事をこなすだけで不安になる理由|新卒3年目でこのままでいいのか悩む人へ
体に出ているサインは軽く見ない方がいい
自分の場合、体にも少しずつサインが出ていた。
蕁麻疹とまではいかないけれど、
少しぶつぶつが出たり、かゆくなったりすることがあった。
それ以上に大きかったのは、思考がまとまらなくなっていく感じだった。
最初はまだ、自分でも分かる。
「あれ、最近ちょっと考えがまとまらないな」
「前より仕事の整理ができないな」
「何から手をつければいいのか分からないな」
そう感じる。
でも怖いのは、そこからさらに進んだときだ。
思考できなくなっているのに、
自分が思考できていないことに気づけなくなる。
これが本当に危ない。
だから今振り返ると、休むべきラインのひとつはここだと思う。
思考がまとまらなくなり始めたら、かなり危ない。
まだ少しでも自分の状態を言葉にできるうちに、止まった方がいい。
「これは普通じゃない」と思った瞬間
自分がはっきり「これはまずい」と思った瞬間がある。
電車を待っていたときだったのか、降りたあとのホームだったのか、細かい場面は少し曖昧だ。
でも、駅のホームにいた。
そのとき、気持ちがなんだか線路の方へ向いていた。
「落ちたら楽なのかな」
そんな興味が湧いた。
落ちようとしたわけではない。
実際に体が動いたわけでもない。
でも、何が起こるか分かっているのに、なぜかそこに興味が向いてしまった。
そのあと、すぐに我に返った。
「この思考はヤバい」
そう思って、かなりゾクッとした。
ここまで来ると、もう普通の「仕事に行きたくない」ではない。
面倒くさいとか、気が重いとか、そういうレベルではない。
命や安全に関わる方向に思考が向き始めている。
この状態を「甘え」で片付けてはいけない。
もし今、これに近い感覚があるなら、この記事を読み終えることよりも先に、身近な人、医療機関、会社の相談窓口、緊急窓口につながってほしい。
これは大げさではない。
戻れるうちに、現実の誰かにつながった方がいい。
実際に自分がメンタルを崩しかけたときの流れは、こちらの記事で詳しく書いています。
新卒3年目で仕事がつらくなった本当の理由【崩壊寸前の実体験】
限界に近いときに出やすいサイン
自分の経験から言うと、限界に近いときは、ただ気分が落ちるだけではなかった。
いくつかのサインが重なっていた。
・朝起きた瞬間から恐怖がある
・上司の顔や声が頭から離れない
・会社に行く前から体がこわばる
・仕事のことを考えるだけで不安になる
・思考がまとまらない
・何から手をつければいいか分からない
・体にかゆみや違和感が出る
・趣味や楽しみに手がつかない
・自分が悪い、自分がダメだと思い続ける
・消えたい、楽になりたいと思う
・駅のホームや道路などで危ない考えがよぎる
この中の一つだけで即アウト、と言いたいわけではない。
でも、複数当てはまるならかなり危ない。
特に、
思考がまとまらない
危ない考えがよぎる
自分を責め続ける
会社に向かうだけで恐怖が出る
このあたりがあるなら、無理に出社する前に一度止まった方がいい。
休むことは、逃げではなく判断力を残すための行動
当時の自分は、休むことを逃げだと思っていた。
でも今は少し違う見方をしている。
休むことは、逃げではなく、
判断力を残すための行動だと思う。
本当に追い詰められると、判断力が落ちる。
何が正しいのか分からなくなる。
相談するべきかも分からなくなる。
休むべきかも分からなくなる。
逃げていいのかも分からなくなる。
そして最悪の場合、危ない方向に思考が流れてしまう。
だから、まだ判断できるうちに止まる必要がある。
「これは普通じゃないかもしれない」
そう思えたなら、その感覚はかなり大事だ。
まだ自分で危険に気づけているうちに、休む。
相談する。
距離を取る。
それは甘えではない。
自分を壊さないための判断だ。
相談は早ければいい、というだけでもない
ただ、相談については少し慎重に言いたい。
よく「早めに相談しましょう」と言われる。
もちろん、それは大事だと思う。
一人で抱え込むより、誰かに話した方がいい場面は多い。
でも、相談すれば必ず楽になるわけではない。
自分も産業医に相談した。
ちゃんと話は聞いてもらえた。
でも、それだけでしんどさが消えたわけではなかった。
相談する相手やタイミングによっては、逆に話がこじれることもあると思う。
だから、相談は大事だけど、
「誰に」「何を」「どこまで」話すかは考えた方がいい。
たとえば、
・まずは状態をメモする
・自分が何に困っているか整理する
・社内の相談先か、社外の医療機関かを考える
・信頼できる人に事実ベースで話す
・危ない考えがあるなら迷わず緊急性を優先する
相談は、勢いだけで全部をぶつけるというより、
自分を守るために使うものだと思う。
休むべき目安は「思考がまとまらない」と感じたとき
今振り返って、自分が「この状態なら休め」と言えるラインは、
思考がまとまらなくなり始めたときだ。
仕事が嫌だ。
面倒くさい。
行きたくない。
それだけなら、まだ踏ん張れる日もある。
でも、
・何をすればいいか分からない
・頭が重くて整理できない
・同じ不安がぐるぐる回る
・自分の状態を説明できない
・危ない考えがよぎる
ここまで来ているなら、かなり危ない。
思考がまとまらなくなると、判断もできなくなる。
そして判断できなくなると、休むことすら選べなくなる。
だから、まだ少しでも
「今の自分、おかしいかもしれない」
と思えるうちに止まった方がいい。
その感覚が残っているうちに、休む。
誰かに話す。
医療機関や相談窓口につながる。
そこまでしていい。
甘えかどうかより、壊れる前に止まれるか
仕事に行きたくないと思ったとき、
多くの人はまずこう考えると思う。
「これは甘えなんじゃないか」
自分もそうだった。
でも今は、少し違う。
大事なのは、甘えかどうかを裁くことではない。
壊れる前に止まれるか。
ここだと思う。
少ししんどい仕事に向き合うことで、成長することはある。
でも、人格否定や恐怖で動けなくなるような環境に耐え続けても、
その先にあるのは成長ではないかもしれない。
戻れなくなるほど、心が削られるだけかもしれない。
だから、仕事に行きたくないと思ったとき、
すぐに「甘えだ」と決めつけないでほしい。
その行きたくなさは、ただの面倒くささなのか。
健全なプレッシャーなのか。
それとも、もう限界に近いサインなのか。
一度、立ち止まって見てほしい。
もし、朝起きた瞬間から恐怖があるなら。
思考がまとまらないなら。
危ない考えがよぎるなら。
それは甘えではなく、止まるべきサインかもしれない。
壊れてからでは、戻るのに時間がかかる。
だから、まだ間に合ううちに。
自分の状態を、甘えと決めつけずに見てほしい。
